
「男と女」の問題は、どのような社会においても、どのような時代においても大きなテーマとなってきた。韓国や日本においても、それは同様である。
本書のタイトルは「韓国、男子」であるが、扱われているのは韓国社会における「男と女」の問題である。本書のキーワードは「家父長制」「軍隊での経験」「オンライン・コミュニティ」の3つであり、それらをめぐるさまざまな事象について考察している。
・韓国における家父長制
家父長制的な思想は儒教に由来する。朝鮮時代は、儒教の本場である中国よりもむしろ儒教的であったといわれている。儒教では女性には「三従の義務」があるとされている。幼いときは父に従い、結婚したら夫に従い、夫が亡くなったら子に従う。女性は生まれてから死ぬまで「父親」「夫」「息子」という3人の男に従うべきという思想である。女性は一度結婚したらどんな困難にも耐えなければならず、女性から離婚を言い出すことはできなかった。女性にとっては従順と忍耐が最大の美徳とされた。
韓国の家父長制は解放後の李承晩政権においても継続したという。
「李承晩政権は家父長制を強化して性別分業体制を確固たるものにすべく、さまざまな制度の導入をめざした。なかでも最も土台となったのが民法に属する家族法だった」(p.94)
漢江の奇跡と呼ばれる経済成長を導いた朴正煕体制下でも、その点は同様であった。
「朴正煕体制の一般的な性格としては、強力な家父長制、権威主義、反共主義を基盤とした開発独裁を挙げることができる。」(p.105)
「この時期の『家族』には、家父長制、再構成された伝統、経済的な安心や成功への欲望、信用できない危険な世の中で生死を共にする運命共同体といった、複合的な意味合いが重ねられてきた。」(p.116)
・韓国男子と軍隊経験
解放後、1950年代に朝鮮戦争を経験した韓国は1964年から1973年にかけて計32万人の男性兵士がベトナム戦争に参戦した。その結果、兵役は社会規範として定着したという。
「兵役は『神聖な国防の義務』として韓国社会に定着し、成人男性の通過儀礼であるという共通認識が生まれた。」(p.116)
そして、朴正煕政権下では兵役義務が道徳化・神聖化され、それを支える徹底的で綿密な徴兵制度によって、兵役義務の絶対性が韓国社会に定着したとしている。
本書は、韓国男子と軍服務の緊張関係について、大きく10ページを割いて詳細に述べている。
「軍隊での経験は、韓国男子が最も大きく、広く共有する一種の集団的トラウマだ。なぜなら、韓国の徴兵制度は、人格を剥奪することを前提に設計されているからである。」(p.179)
「定期的に実施される『精神教育』は、特定の観点からの歴史と思想に基づいて行われ、軍隊内で唯一正しいとされる知識が植え込まれる。」(p.180)
「軍での生活を狂気の経験に塗り替えている重要な要素が、指揮官の決定ひとつで、手のひらを返したようにすべてがひっくり返る」(p.181)
下記の文章を読むと、こうした軍隊経験が韓国社会にどれほど大きな影響を及ぼしているのかを実感させられる。
「軍に服務する経験によって引き起こされる問題は、単に軍の内部でとどまらず、男性の生活全般、また社会全般まで影響を与えている。反人権的な兵営文化を経験した人々は、比較的良い環境で兵役を果たした人々より人生の満足度や自尊心が低く、性別役割の葛藤を感じやすく、女性嫌悪的な傾向が強く現れる。」(p.183-184)
「韓国の大方の組織は軍隊という近代的な組織を土台にし、それの変形や拡張を重ねてきたものと考えて差し支えない。したがって、軍隊をモデルに設計された組織内では、徴兵制の下で軍隊生活をした男性たちが、性差別によって女性の管理職や経営者がほぼ不在の組織を率いつつ軍隊式の文化を踏襲していき、軍隊式の文化がそっくりそのまま組織の核になるという循環が持続してきたわけである。」(p.178-179)
・オンラインコミュニティにおける女性嫌悪
本書において著者が最も力を入れて論じているのは、オンラインコミュニティにおける女性嫌悪を扱った第5章「悔しい男たち」である。
まず、この本の著者自身は現代韓国の若い女性をどうみているのか。
「味噌女(된장녀)は女性が無能であることを想定する言葉だが、実際の若い女性たちは、ブランド品を購入し、グローバルなライフスタイルを目指す。無能どころか、韓国社会においてこれまで最も教育され、最も多くチャンスに恵まれている。金持ちの男性と交際して運命を変えるどころか、自分の未来を切り開くほうに没頭しており、かなりの確率で男性よりはるかに地道な努力を重ねている。(p.197-198)」
現代韓国においては、若い女性は教育と機会に恵まれ、男性に頼らず努力によって自らの未来を切り開こうとしている。そういう状況にあるにもかかわらず、あるいはそうであるからこそ、1999年から現在に至るまで、ネット上での女性嫌悪はすさまじい状況にあると著者はみている。
最初の女性嫌悪は、1990年代の軍加算点制度に反対する女性に向けられたものだという。2005年から2006年にかけて流行した「味噌女(된장녀)」は、オンラインだけでなくオフライン、テレビ、マスコミをも席巻した。その後は「味噌女(된장녀)」と同様に女性を蔑視する「◯◯女」という表現が次々に現れる。これに対して女性側からは「身長180センチ以下の男はルーザー」といった男性を蔑視する表現も現れた。女性を非難するオンラインコミュニティ、男性を非難するオンラインコミュニティが次から次へと繰り出されて、さまざまな応酬が続いていく。
女のメッセージに対して男がさらに声を上げることを「ミラーリング」という。オンラインコミュニティでは、このような「ミラーリング」が繰り返されているのだと著者は述べている。
・本書を読んで感じたこと
本書の原著は2019年に刊行されたものである。内容としては主に2017年前後の韓国の社会状況が取り上げられている。日本語翻訳版は2024年に出版された。日本語版にある趙慶喜先生(聖公会大学)の解説には以下のように書かれている。
「本書が出されてから6~7年が経った現在、韓国社会は明らかな揺り戻しの時代を迎えている。特に既得権に近づけない若い世代の男性たちの間では、自らを被害者と見立てる言説がますます票を集めている。性暴力はよりデジタル化し、巧妙化している。今日、ディープフェイクなどの被害がより広範囲に告発されていくなかで、男性性をめぐる議論はより重層化し、もはや避けては通れないテーマとなっている。」(p.272)
このように2020年代に入って韓国における男女の葛藤はいっそう激しくなっているようであるが、そうした葛藤はこれからも続いていくのだろうか。わたしは2008年から韓国に住んでいるが、この10年間で男女平等を求める声はより強まっているように感じられる。
第5章「悔しい男」の冒頭では、韓国男子の男性性について以下のように述べられている。
「2000年代の男性性の最大の特徴を挙げるなら、それは「自己被害者化」といえるだろう。」(p.174)
「2000年代以後、韓国男子が言わんとしていることをあらためて整理すると、『男こそ被害者だ』となるだろう。」(p.237)
わたしは、自己を被害者としてとらえる韓国男子の男性性や韓国における男女の葛藤は、次第に収束していくだろうと考えている。 今後、韓国社会が朝鮮時代のような家父長制に戻ることは考えにくく、男女の役割が固定された社会に戻ることもないだろう。むしろ、男女が対等な主体として社会に参加する社会へとますます進んでいくと考えられる
20世紀は、世界中でさまざまな差別が否定される方向に大きく動き始めた時代であった。人種や民族、宗教によって人類は差別を受けてはならず、性別による差別もあってはならない時代になった。この潮流は21世紀に入っても継続しており、韓国社会もまたその流れのなかにある。その流れは、韓国男子にとってはあるいは辛いことかもしれないが、その流れが逆行することはありえないだろう。
韓国の男女の未来について著者は以下のような結論を述べているが、わたしも同感である。
「最終的には、既存のジェンダー秩序を脱した性的主体を打ち出す方法に悩まなければならない。私たちは真の男、真の女、真の性的マイノリティになるのではなくて、そうしたものが意味を失い、何の区分点にもならない状態を目指すべきだろう。」(p.259)
韓国社会の男と女の問題を歴史的・社会的視点から整理した本書は、現代韓国社会を理解するうえで多くのヒントを与えてくれる一冊である。

